ドブフクロウの日記

家も職も人間としての中身もないけど頑張って生きてるよ~

決勝のテキストカバレージってなんですか?

 みなさんこんにちは。ドブフクロウこと大久保です。花粉がヤバいですね。今年は比較的飛散量が少ないとか言われてますけど何の気休めにもならないし花粉症の症状自体が年々悪化してることを考えるとプラマイゼロ、むしろマイです。僕は花粉の季節は皮膚も痒くなるので今は雛見沢病のレベル5発症者のようにバリバリと首を掻きむしっています。嫌な事件だったね……。

富竹フラーッシュwwwとか騒いでいたオタクたち、今ではところ構わず淫夢ネタを頻発しているのでやっていることが13年前と変わらないかな?かな?

富竹フラーッシュwwwとか騒いでいたオタクたち、今ではところ構わず淫夢ネタを頻発しているのでやっていることが13年前と変わらないかな?かな?

 今回は前々から書いてみたいな~と思っていたバレージって何ですかね(特に決勝について)みたいなものをようやく言語化できそうな気がしてきたので、書いていきたいと思います。ただ僕は本当にこの分野の専門ではないのでポジショントークがしたいわけでもなければ偉ぶりたいわけでもなく、どちらかというと個人的な備忘録の意味合いが強いですし、例によって例のごとく根暗オタクの俯き気味クソ早口パートも多めです。この記事によってあなたの人生がやれてる感じになる可能性は万に一つもない超誰得記事なので以上を踏まえて興味のある方はお付き合いください。

 さっそくできていない。というかそんな高度なことができていたらクソオタクにはなっていない。

グランプリ・京都2019終わりました(早口パート)

 さて、グランプリ・京都2019(※1)が終わりましたがみなさんいかがお過ごしでしょうか?(遅) スタッフとジャッジのみなさんお疲れ様でしたありがとうございましたこれからもよろしくお願いいたします。大久保の方は今回も公式のカバレージスタッフとして参加しておりました。WotC様にはたびたび雇用を創出していただいており本当にありがたい限りです。昨年のグランプリ・名古屋2018とグランプリ・静岡2018、それと今回とで半年の間に3回も呼んでいただいてて本当に嬉しい。相互扶助。やさしい社会。かがやく明日。

(※正しくはマジックフェストかもしれないけど慣れないから俺はグランプリで行く……!)

 最近ではマジックのみならずデュエマとか他のTCGでテキストカバレージが盛り上がっているみたいですね。僕自身マジック以外のTCGについてはお恥ずかしながらルールさえ知らないような状態なので実際のところデュエマのカバレージもどのくらい盛り上がっているのかはちゃんと把握していないのですが、扱っているゲームのタイトルは違えどテキストカバレージというものが受け入れられる土壌だったりコミュニティの中にそうしたものを作れる人間がいるというのはとても素晴らしいことだなぁと思います。

dm.takaratomy.co.jp

 あえて主語を押し広げますが、「人とゲーム」の関わり方というものは本当に人それぞれです。たとえばポケモンにしたってタマゴを数千数万と孵化して個体値厳選してガチパを組んで対戦する人もいれば趣味パに走る人もいて、殿堂入りまでプレイすれば満足する人、ゲームはそこまで熱心にプレイしないけど単にかわいい・かっこいいポケモンが好きな人など様々です。いろんな層が満足できるというのはそれだけコンテンツの懐が広いということなので、それもまたタイトルの魅力に直結している部分でもあります。

 マジックにおいても競技プレイが好きな人、MTGAやMOでプレイ実況する人、身内でEDHをするのが好きな人、数ヶ月に1回プレリリースに参加して満足する人など様々ですし、美麗なイラストに惹かれる人や拡張アートに挑戦する人、あるいは背景ストーリーに夢中な人など様々です。何が一番とかそういうものはなく、どれもマジックの持つ魅力なので本当によく作り込まれた素晴らしいコンテンツだと思います。

 こういうオモシロ系の拡張アート、どちらかというと海外が主流なイメージだったけど最近は日本でもやってる人増えてきましたよね(好き……)。僕は絵が描けないので尊敬します。

 で僕はというと、生来の基質というか基本的に好奇心の方向性が内向き(自己満足が大好き)なので、延々とMTG Wikiを読んだり昔のカバレージを掘り起こしたりといったアクティビティが大好きです。そのおかげか何なのかは分かりませんが今では僕がカバレージを書かせてもらうようになっているので世の中は不思議なものですね。もしも僕と似たようなタイプのオタクがいたらぜひカバレージを書いて世の中に発信してほしいものです(読みたいので)。もう毎日毎日読んでも読んでもキリがないくらい世の中にマッチカバレージやインタビューが溢れかえってほしい。

バレージは誰のためにあるのか

 はい本題の一歩手前。カバレージもいわゆるコンテンツマーケティングの一環であると考えると根底には「Like a Publisher(出版社のように)」の哲学があるはずなので、読み手がおもしろいと思うものを作るのが至上命題であり、それはもうユーザーファーストでありインバウンド・マーケティングであり、お前であり俺でもあるユニバースです。実質的にはカバレージライターを自ら率先して行うようなクソオタク(僕)はライターである以前にコンテンツの消費者でもあるので「うるせえ、ぶちかましてやれ」の精神で自分が読みたいと思うか否かを基準に好き放題やっているわけですが。お金をもらってする仕事としては0点です。社会って難しい。

 まぁ対外的なことは(どうでもよくないけど)どうでもいいんです。僕が言いたいのは「ライターが誰のために書いているのか」という部分で、これは場面だったりライターだったりによって意識は人それぞれだとは思うんですけど、少なくとも僕個人として、とりわけ決勝カバレージに関しては自分のために書いてます。これはもう断言できる。オナニーとかポエムとか言われても仕方ないと思うけど、でも「なぜ自分のために書くのか」は一応自分なりにこれまでカバレージ書いてきた中で明確に理由があります。

magic.wizards.com

そして。
黒田は力強く土地をプレイし、その全てをタップする。

《火の玉/Fireball》をあなたに。

 これはめちゃくちゃベタだけど僕の大好きなアレで、吉川 祐輔氏のプロツアー・神戸2004の決勝のマッチカバレージです。「火の玉をあなたに。」の名文で有名ですが、その一文に辿り着くまでのテンポ感や感情を揺さぶってくる言葉選び、そして何度読んでも「ものすごいものを読んだ」と思わされる圧倒的なカタルシスと読後感。この記事書きながら読み返していても震えるし、僕もこれを書きたいという気持ちがカバレージを書く最大のモチベーションになっています。

 他にもまつがん(伊藤 敦)先輩のグランプリ・シンガポール2014の決勝、川崎 大輔氏の世界選手権05の準々決勝、矢吹 哲也氏のグランプリ・台北2016の決勝などなど……もう列挙し出したらそれだけで記事一本書けるくらい素晴らしい記事がたくさんあって、僕もこんな先人たちのような記事を書きたいよなという気持ちで決勝カバレージを取っているんですよね。まぁ全然無理だけど。この人たちの文章力と構成力どうなってんの? 文字から生まれた文字太郎?

 泣いたこと(泣きそうになったこと)ない人思ったより多くてビビった。でもこれ単に泣ける名文みたいなのが時間の流れに埋もれてしまってるだけだと思うから誰か「独断と偏見で選ぶ名カバレージ集」みたいなやつ作って(他力本願寺)。

 話が逸れましたが、決勝のカバレージはなかなかに特殊というか、肩に力が入りやすい部分でもあります(他の記事は手を抜いているというわけではない)。というのもカバレージを読む人の中でも決勝カバレージだけ読むという人が無視できない割合で存在する≒決勝カバレージはマジで手を抜けないというのもそうですし、その大会の中でもタイトルの懸かった大一番なので盛り込むべきエピソードが多いこととか、あともっと物理的な作業工数の面でも決勝カバレージ以降にカバレージ作業が入ることは(基本的には)ないので他の記事よりも力を入れやすいとかいろんな理由があります。

 まぁそんな諸々の背景があって(少なくとも僕は)決勝のカバレージは他と比べてかっこいい文章書きたくなってしまいがちなんですけど、ほんのちょっとだけ「あ、こういうことかもしんない」みたいなものが分かってきた気がするので、この感覚を忘れないうちに書いておこうと思います。

決勝カバレージ大きく分けて2種類ある説

 いよいよ本題というか、じゃあそんな自己満足のために書く決勝カバレージってどういうもんよ、そしてそれはどうやって書くのよというお話(高卒だしまだまだ修行中なので技術的なアプローチでは書けないけど、なんか「こういうもんじゃね?」という現時点での考え)。まずは決勝カバレージはざっくりと2種類に大別できるのでは?という話から。名付けるなら大河ドラマ型」「グランドホテル型」の2つ。ここでいう「グランドホテル」という語彙が一般的なのかどうかわからないので「群像劇型」とか「アンサンブル型」とか言い換えてもいいです。日本の作品だと『桐島、部活やめるってよ』とか『グミ・チョコレート・パイン』みたいな。あと星新一の『ある夜の物語』とかか(好き)。

これは僕の大好きなグランドホテル型(≒群像劇)のやつです。さすがに最高なので視聴は各自来世までの宿題にします。

これは僕の大好きなグランドホテル型(≒群像劇)のやつです。さすがに最高なので視聴は各自来世までの宿題にします。

 当然決勝カバレージには2人の中心人物(プレイヤー)がいますよね。あくまで僕個人として、彼らのうちどちらか片方に"寄せた"カバレージ大河ドラマ、どちらもフィーチャーしたものをグランドホテル型と呼称しています。まぁ決勝に限った話ではないですが、大体のマッチカバレージはこのどちらかといえるんじゃないかと。もちろん「大枠として大河ドラマ型でありながらグランドホテル型でもある」みたいな曖昧なものもたくさんありますが、厳密な区分けがどうこうみたいなのはどうでもよくて、そういうフレームワークがありますよというお話。で、それぞれにいいところと悪いところがあったりするのではないかという。

 そもそもなぜ決勝カバレージに限ったかというと、前提として決勝のカバレージが掲載される頃にはカバレージトップページに優勝者写真も掲載されてるし、プレイオフのブラケットだって公開されてる。そもそも実況解説付きの生放送だってあるし、Twitterで優勝者のツイートがめちゃくちゃ流れてくるし、ほとんどの読者が対戦の結果は知っているという状態で記事を目にします。つまり決勝のカバレージに「報道」としての役割は求められてないわけですね(もうそこは動画とかSNSと棲み分けたほうがいい、なぜなら文明は最高なので)。

ミリも関係ないけどカバレージという言葉で最初に連想するのがこの映画。ジョニー・デップ演じるジャーナリストのハンター・S・トンプソンが終始ラリってて全然報道してない(見習うべきものがある)。

ミリも関係ないけどカバレージという言葉で最初に連想するのがこの映画。ジョニー・デップ演じるジャーナリストのハンター・S・トンプソンが終始ラリってて全然報道してないジャーナリズムの映画です(見習うべきものがある)。

 では決勝のテキストが担うイシューは何なのかというと、その対戦がいかに意義深いものだったかというエクスキューズであり、読者は知識の探求や好奇心に駆られて記事を読むというより、純粋に興行を楽しむためにその記事と接するわけですね。出来レースではないにしろ「早く先の展開が知りたい、ワクワク!」という状態で読むものでもないので、ただ単純に読み物としてのおもしろさを求めて「なぜ彼らは戦うのか」「彼らの戦いは一体何なのか」みたいな説明を盛り込んでいくみたいな。

 2人の対立構造を文章に落とし込んでいく中で、それぞれの物語をそれぞれに描いていった方がおもしろいこと(=グランドホテル型)もあれば、一方のプレイヤーがもう一方に挑むという描き方をしたほうがおもしろくなりそう(=大河ドラマ型)なこともあり、どっちがいいとかいうものでもないです。ライターによって書き方変わるしマッチアップ次第なところあるし。

理想だけで言うならもうこれよこれ。

理想だけで言うならもうこれよこれ。

 大河ドラマ型は主人公と対戦相手という構図になるので、傾向として「感情移入しやすい主人公がいるためマッチがより印象強いものになる」ことと「対立構造が整理されるので読みやすい」といったポイントがあると思います。ただ、逆に「主人公でない方のプレイヤーが描きにくい」というのもあるかもしれません。たとえ大河ドラマ型のカバレージになるにせよ基本的にはどちらのプレイヤーも平等に扱うべきなので、露骨にどちらかのプレイヤーだけに寄せるのはあんまりよくないかなと思います(これについては後述)。あと別に「勝った方を主人公にしなきゃいけない」みたいなことはない。現役ライターの中だとまつがんさんや(半引退気味ですが)矢吹さんは大河ドラマ型のカバレージを書くのが本当に上手で毎回すげえなと思います。

 また、グランドホテル型はグランドホテル型で「どちらのプレイヤーもかっこよく描ける」とか「読み物としての面白さの最大値が大きい」みたいな傾向があると思います。完全に主観ですけど泣けるカバレージはグランドホテル型の構成になっていることが多い気がしますね。ただ難しい点として「うまいこと記事をグランドホテル型の構成に落とし込むには運も必要」とか「文章量が肥大化しやすくて話が散漫になりやすい」かなと思います。ライターはプレイヤーを選べないので、少なくとも僕の技量でうまいことグランドホテル型の構成の記事を書くにはたまたまうまいことマッチアップが噛み合わないと難しいです。何かこうそういう書き方の手引きみたいなやつがあったらいいのに。またまつがんさんの話になりますが、グランプリ・京都2019 準決勝なんかは痺れるような構成ですよね。

 あとは与えられたシチュエーションに応じてそれぞれの最高形みたいなものを模索していくことになるんだとおもいます。結局のところ誰対誰、何対何みたいなところに左右されるところは大きいし、フレームワークだけ分かっててもあんまり意味はないですが、それぞれの長所と短所が分かるだけでもバレージを書くときの指標として役に立つんじゃないかなみたいな。カバレージに限った話ではないですが、結局いい文章とか悪い文章とか基本的な文法が正しければあとはもう主観でしかないので言語化しにくいですよね。そのへん誰もやってないから余計にテキストカバレージの文化がガラパゴス化していくのかもなと思ったり思わなかったり。他の人の考えがあったら読んでみたいなぁ……。

 で以下完全に手前味噌だけどちょうど名古屋、静岡、京都で3本決勝のテキストカバレージを取ったのでそれぞれどういう形式なのかとか品詞分解できそうなのでここからは具体例を交えてやっていこうと思います。自分がやれてるという話では断じてないが、他の人の記事であれこれ知った風のこと言うのは違うと思うので……。

グランプリ・名古屋2018(チームリミテッド):大河ドラマ

mtg-jp.com

 人生初のグランプリ決勝テキスト(よかったですね)。たまっっっっっっったま運良く6人とも知り合いだったのでまだ書きやすかったですが、そもそもチーム戦、しかもリミテッドってめちゃくちゃ書きにくい(チームリミテッドのカバレージ得意!大好き!って言ってるライターは見たことない)のでこの6人じゃなかったらトラウマになっていた可能性もある。なぜなら人間の体は並行して行われる3つのマッチを記録するようにはできていないから。

 これは上の分類で言えば大河ドラマですが、フォーマットの特性上グランドホテル型っぽい作りになっていると思います。チーム戦はそれぞれのマッチアップについて解説するパートも多く、かつこれはプレイヤーが全員有名人という珍しいマッチアップだったので自然と全員が主人公っぽい形になりましたが、ベースとしては「チーム細川/三原/清水」に偏った書き方をしたつもりです。

 勝負なのでどうしても勝つ人がいれば負ける人もいて、読者にしてみればマッチの勝敗の行方は最大の関心事の一つなのでテキストカバレージ内には「一進一退の戦い、勝つのはどっちだ!?」みたいないわゆる"ヒキ"を用意できますが、こと決勝だけは前述の通り「大体の読者は結果を知っている」という仮定と「勝っても負けてもそこで終わり」という特殊な条件下で行われることもあって、あえて勝った方・あるいは負けた方に見せ場を多く用意するみたいな結果ありきの書き方もしやすいです。

グランプリ・静岡2018(レガシー):大河ドラマ

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 これは完全に大河ドラマです。終始覚前さんが主人公で、「覚前さんが優勝した」という結果をいかに美しく打ち出すかという点に全神経を注ぎました。ちょろっと前述しましたが、結果的に加賀さんがおざなりっぽい見え方になってしまったのは反省点です。たとえどちらかに寄るにしても事前に一言二言でもインタビューしたりしてその人となりだったりドラマだったりを盛り込んだ方がいいと思います。決勝ラウンド中はバタバタしがちなので時間に余裕を持って行動しよう!(自戒)

 これはべつに技術的な話でも何でもないですが、知り合いのプレイヤーが勝ったり、あるいは有名なプレイヤーが勝つと自然とこうした大河ドラマ型の記事になりやすいと思います。この記事を書いた後、もしも加賀さんが勝ったらどういう記事にしていたかなぁ~みたいなのは何度も考えました(今も考える)が、たぶんその場合も覚前さんに寄せた記事になりそうな気がします。まぁカバレージに「でもしか」はないので分かりません。

 大河ドラマ型では「主人公にとっていかにその勝利が重要だったか」がポイントになるのかなと思います。要は箔付け。そりゃよほどプロポイントが有り余っている超人だったりプロツアー権利がもらえただけで満足というプレイヤーでない限り優勝するのはハチャメチャに喜ばしいものだと思いますが(グランプリ優勝したことないからわかんない)。もっとこう漠然とした優勝の意義みたいなやつをワーしてアレです。

グランプリ・京都2019(スタンダード):グランドホテル型

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 これはね、ゲーム内容が難しすぎて記事にするの死ぬほど大変でした。そんな裏話は置いといて、これはわりとスッとグランドホテル型になったんじゃないかなと思います。これ自分でそう思ってるだけで実際は全然そんなことなくて余計に定義がクソになりそうな気もするな。本当にたまたまそれっぽい形になったのと、深夜ゴリゴリ執筆してる間に前述の通りまつがん先輩がめちゃくちゃかっこいいグランドホテル型の記事を書いていて凄まじく"お気持ち"になってしまったので無意識に引っ張られたところはあるかもしれません。

 この構成は2人を同時に引き立てる必要があるのでなかなか難しいんですが、時間軸をずらしたり視点を変えたりしてなんとかそれっぽい形になりました。いや、なってますか?(半ギレ) 正直自分で読み返しても読みにくいなと感じる部分があるので、うまくいってないかもしれません。

 プレイオフに残った8人がどの組み合わせで決勝に残ったとしてもなかなかこういう構成にはできなかったと思うので、本当にグランドホテル型のカバレージにするのはなかなか狙って書けないというか、運だなあと感じます。強いて言うならもうグランドホテル型にする場合は完全に決め打ちしたほうがいいのかもしれません。「俺は今日グランドホテル型の決勝カバレージを書く、もしくは死ぬ」という強い気持ちを持って構成練りまくれば何かしらそれっぽいものは錬成できそう。知らんけど。百発百中で狙った構成に落とし込めるようになったらカバレージ書くの楽しいだろうなぁ……。

最後に

 書き終わってからこうして読み返してみると本当に僕以外の誰のためにもならない記事になりましたね(音楽記号:オナニッシモ)。みなさんお疲れ様です。他にももっと根本的な小手先の技術とかカバレージワーク全般を通してのアレがコレでソレみたいなのもまとめたいんですけど、そもそもそんなもん知ってたら苦労しないし第一俺が読みてえわっていうのと、この記事以上に需要が不明になりそうなのでアレがコレでソレで~~す。

 この記事を読んでいるほとんどの人はカバレージライターじゃないとは思うんですけど(※カバレージライターは野生のベンガルトラより少ない)、とりあえずそれでもここまで読んでくれたということは多かれ少なかれカバレージに興味がある人なのでしょう。そういった人に向けてお伝えできることがあるとすれば「カバレージ書くのめっちゃ楽しいよ!」ということでしょうか。そりゃ1日中マジックと接してたら楽しいよプレイしてなくてもおもしろいゲームだもんこれ。実際カバレージ読むのが好きだったら絶対書くのも楽しいと思う。PTQも再開するみたいですしカバレージ書いてみたいという人はお近くの主催者にそれとなく打診してみては?(カバレージライター募集しているかどうかは知らんけど)あれ?こういう記事だった?まぁいいや。

 特に晴れる屋から金握らされてるわけではないけど最近晴れる屋ではメディアスタッフを募集しているらしいのでそういうところから入るのもいいかもしれませんね、僕もカバレージライターとしては晴れる屋で活動し始めたのが最初ですし。僕は人の記事を読むのもめちゃくちゃ好きなのでみなさんの書くカバレージやインタビューも読んでみたいです。この世が最高のコンテンツまみれになったら本当に嬉しい。

俺たちに明日はない(今日の延長だけがある)

 啓蟄の候。お久しぶりです、ドブフクロウこと大久保です。案の定ブログは一週間くらいで""終わり""になりましたね。無職生活も3か月目に突入しましたが、なんかこう「これこれ!」っていう感じの無職っぽいことは特にしておらず、寝て起きてアニメを見たりゲームをしたり本を読んだりしています。というかそれだけの生活のはずなのに全然時間がなくてやだになってしまう。人生ってもしかしてめちゃくちゃ短いのでは? 胡蝶の夢かよ。

それで5回とも中学時代に『グミ・チョコレート・パイン/大槻ケンヂ』を読む。

それで5回とも中学時代に『グミ・チョコレート・パイン/大槻ケンヂ』を読む。

 相変わらず世の中に発信したいことは特にないしこれといっておもしろトピックもありませんが、この2か月弱の間に26歳になったりインフルエンザになったりしました。仕事してないのにインフルになるのってただ苦しいだけでめちゃくちゃ損なの笑えますよね。しかも石油王的な人に北海道旅行に誘ってもらってたんですけどインフルになったときと旅行の時期が完全に被りました。僕の人生を端的に表している最高のタイミングですありがとうございますどういたしまして。

 こうして書いてると26歳って数字結構生々しいですよね。なんだかんだ~24歳くらいまでは多少のミスはへらへらしてればなんとなく許されるみたいなところあったじゃないですか。それが25歳くらいを境に社会通念から「ちょっと? 大久保さん?」みたいな圧をかけられるようになり、26歳ともなれば普通の企業ならぼちぼち中堅ですよ。「面倒なことからは逃げる」という性質のおかげでめちゃくちゃな26歳になってしまいましたがこれからもどうぞよろしくね、こんな私でも笑って許してね。お父さん、お母さん、あなたたちに言っているんですよ(Twitterでも実名で活動しているのでアカウントは当然親バレ済)。

西野カナさん活動休止しちゃいましたね。スイーツ(笑)とか言われてるけどカナやんは普通にめっちゃ歌うまいと思います。

西野カナさん活動休止しちゃいましたね。スイーツ(笑)とか言われてるけどカナやんは普通にめっちゃ歌うまいと思います。

 しかしこんなブログでも読んでくれる方がいらっしゃるのは普通に嬉しいもので「大久保くんのブログ読んだよ、感想は"無"」と別々の人から5回くらい言われてます。壁に向かってめちゃくちゃ早口で独り言をまくしたてている感じでやっているのでそりゃ無ですよね。とはいえそんなブログでも書くのと書かないのとでは大きな隔たりがあるらしく、最近は見ての通りシーケンスが地獄になっています。これからはちょっとずつ独り言を言いに来たいですよね。

Hareruya COMBAT2 vol.2

 出演してきましたのでこちらで動いて喋る大久保をご覧いただけます。Hareruya COMBATに出演するのもHareruya COMBATに出演している自分を観るのももう慣れましたが、めちゃくちゃ早口かつオタクっぽい動きをしていますね。このへんは来世までの宿題にします。

 なんかハウスルールでやれてる感じになりたいよね、というノリで大塚くんとワーやりました。詳細は動画を見てみてね。2マナ出るとかは置いといても色マナガン無視で3パックシールドやるの結構おもしろいと思います。強いカードを引いた方が勝ちます(強いため)。

ドブフクロウのMtGブレイキングアカデミー

corocoro.jp

 縁あって小学館のコロコロオンラインさんで連載を担当させていただくことになりました。晴れる屋退職後もなんだかんだでまつがんさんと同じメディアで記事載せてるの世間狭すぎますね。何かバグった力が発動してまつがんさんの連載をぶち抜けたらいいなぁと思います(まつがんさんのデュエマ妄想構築録も鬼好評連載中)

 全然関係ないけど小学館のビルが改築するよりもちょっと前くらいの時期、仕事で小学館を出入りするオタクだったのですが建て直し後に初めて小学館の門をくぐりました。いろいろキレイになってたりイカつくなってたりしてかっこよかったです。

花粉

 最悪です。いっそ殺して。

埼玉県民はローカルネタに憧れがありすぎる

 前の職場のあだ名は「空っぽ」だった。僕は本当にアイデンティティに乏しく全てにおいて底が浅い、恩返しをすべく人の姿を借りた"無"なのでこのあだ名はあまりにも鋭くしかし言い得て妙で、初めて「空っぽ」と呼ばれたときには普通なら怒っていいところで素直に感心してしまった。YouTubeでひたすら包丁を研ぎ続ける動画を視聴して休日を一日潰したこともある。休日の過ごし方でさえこれなので、飲み会で自分から話題を提供することもほとんどない。しないのではなくできないのだ。というか、これだけ娯楽が世の中に溢れている現代社会でわざわざYouTubeでひたすら包丁を研ぎ続けるだけの動画を視聴して休日を一日潰したことのあるような人間が提供した話題で盛り上がる飲み会などこの世に存在してはならない。ちなみに包丁動画初心者にオススメなのは定番だけどこれ(照)。

 そんな僕が生まれ育ったのは都道府県&市区町村魅力度ランキング2018で43位を記録したことで一瞬話題になった埼玉県だ。我がことながらここまでくると徹底しているなと思う。何がか? アイデンティティのなさだ。言うに事欠いて埼玉県って。たまに関西出身の人たちが飲みの場なんかでローカルトークしているのが本当に羨ましい。「やっぱ向こうの奴と話してると関西弁に戻っちゃうやで~」「分かるやで~」みたいな会話に心底憧れる。"ダサいたま"で有名な埼玉には方言すらない。「片づける」ことを「直す」って言ってみたい。強いて言うなら埼玉県民の9割は知らないであろう埼玉弁として「マッカチン」というものがある。意味は「アメリカザリガニ」。どういう状況で使う言葉だよ(※マッカチンが埼玉弁か否かは諸説あるらしい)

 埼玉県のローカルネタって何だろう。埼玉県の公立高校の入試では社会の試験でたまに「Q. 埼玉県が日本で最も生産しているものといえば?」「A. 小松菜」みたいな問題が出るので埼玉県の公立高校に通っていた人間ならだいたい「埼玉県は日本一小松菜を生産している」と知っていることとかか? 千葉の落花生は知られてるのに埼玉の小松菜は知られてないよね千葉なんて東京ディズニーランド東京ドイツ村くらいしかないくせに。ていうか東京の威光に恥ずかしげもなくあやかりすぎだろ千葉県。

 ダサいたまを除く埼玉に関する全国的な認識と言えば東京のベッドタウンだろうか。実際埼玉県を走る鉄道のほとんどは南北にレールが敷かれているのでだいたいの電車は乗っていれば東京のどこかには辿り着くし、東京へのアクセスの良さは他県よりも圧倒的に便利だと思う。ただ、東京へのアクセスに特化しすぎているせいで埼玉県内で東西に移動するのは若干面倒臭いんだけど。最もポピュラーな東西の移動手段の一つである武蔵野線は春のそよ風でも止まる。越谷市以東を除く各地の埼玉県民が集まって遊ぶ際には池袋集合が一番都合がいいというジョークは実際のところ紛れもない事実である。ちなみに越谷市民は上野とか秋葉原集合だと都合がいい(埼玉県民の中では異端扱い)。

大宮より西に行く手段の少なさよ(西の人間もまた東に出てくることはない)

大宮より西に行く手段の少なさよ(西の人間もまた東に出てくることはない)

 そんなわけで埼玉には小松菜の生産量と東京へのアクセスという二点を除いて本当にローカルな話題がない。マジでネタにできない凶悪犯罪なんかはいくつか起きてるんだけどね。二十歳まで埼玉県で生まれ育った僕でさえ埼玉県の特徴を挙げろと言われても返答に窮す。『クレヨンしんちゃん』はもちろん『らき☆すた』や『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』、最近の作品だと『月がきれい』の聖地になったとかか。ただ最近ではアニメの聖地という概念自体があまりにもありふれていて大してキャッチーじゃないよね。10年くらい前の聖地巡礼ブームで埼玉に来た人たちって何を想ったんだろう。

 『翔んで埼玉』なんかで魔夜峰央大先生にネタにされてる分、愛されてはいるんだろうなとは思うのだが。「埼玉県民にはそこらへんの草でも食べさせておけ!」というコミュニケーションが生まれただけでも本当に嬉しい。もしもあなたの身近に埼玉県民がいて、周りの地方出身者がローカルネタで盛り上がる中しょぼんとしていたら、低い声でそっと「風が語りかけます……」って話しかけてあげてください。きっとすごく喜ぶと思うので。

ミカヅキモモコの店内BGMに人生を狂わされる

 誰か俺を助けてくれ。こういうときは何科を頼ればいいのか? 耳鼻科? 心療内科? わかんないけどERとかに駆け込んでみるか。グリーン先生、患者だぞ。ちなみに全然関係ない上にネタバレになるが、これから医療ドラマの金字塔『ER 救急救命室』を観始めるという人は登場人物に感情移入しすぎないことをオススメする。たぶんそいつ悲惨な死に方するから。

これがグリーン先生。ERは「医者を惨たらしく殺すRTA」をしているとしか思えない。

これがグリーン先生。ERは「医者を惨たらしく殺すRTA」をしているとしか思えない。

 耳に特定の音楽がこびりついて無限にループしてしまう現象をイヤーワームという。誰しもCMソングやドンキの店内BGMで同じような経験をしたことがあるはずだ。ただ頭から離れないだけならまだいいが、しかしミカヅキモモコ』という300円均一ショップのBGMはとりわけ危険である。

3コインズなんかと比べるとそこまで店舗数多くないから知らない人も多いかもしれない

3コインズなんかと比べるとそこまで店舗数多くないから知らない人も多いかもしれない

 この店内BGMを一度耳にしてしまったが最後、なんとなくミカヅキモモコの前を通りかかっては入店し、BGMでトリップを味わい、気づけば必要もないのに300円の雑貨を買ってしまう。なんで住所不定なのにインテリア雑貨、具体的には折り畳みスツールとか買ってんの? 今他人の家、しかも「逃亡中の殺人犯みたいな殺風景な部屋に住んでいるオッサンの家」を転々としている生活なんだけど。なぜか俺の友達は逃亡中の殺人犯みたいな家に住んでいるオタクが多い。

 このままだと俺は「家に来るたびにかわいい雑貨を置いていくという狂気じみた属性を持つ誰も見たことがないオッサン」になってしまうし、副次的に「殺風景ながらも随所にかわいい雑貨がちりばめられた遊び心のある部屋に住む逃亡中の殺人犯」を量産することになってしまう。過去、人間を誰も見たことがない生物に変えた店内BGMがあろうか? 2019年1月現在東京都内に11軒の店舗を有するミカヅキモモコは、俺と逃亡中の殺人犯たちの人生の歯車を狂わせようとしている。

これが300円って安すぎませんか?案外そんなもん?

これが300円って安すぎませんか?案外そんなもん?

 俺はミカヅキモモコの回し者ではない。断じて違うと明言しておく。なんなら普通にミカヅキモモコとは無関係の"誰も見たことのないオッサン"が書く記事としてはかなり黒寄りのグレーゾーンを攻めてると思うし、この記事がもし何かの間違いでミカヅキモモコのスタッフに見つかったりすれば今後の人生を一生逃亡者として過ごすことになるかもしれない。それでも俺はミカヅキモモコの店内BGMの危険性をここに明記しなくてはならない。もしも問題あったらこの記事すぐ消しますんでご連絡ください。

 まずはここで店内BGMが聴けるのでお聴きいただきたい。というかここから先はミカヅキモモコの店内BGMをリピート設定したうえで読み進めてもらいたい。それで全てがわかる。

www.momoko300.com

ミカヅキモモコ(M・O・M・O・K・O モモコ)

 

みんなだいすきワクワク ドキドキ

イマドキガールのお約束

ハッピーのかけらあれこれあつめて

女子力アップ ラブリーポップ

乙女心をキュンとつかむ

素敵な出会いが待ってるの

ここにいるだけで幸せな気分

笑顔になるでしょ

 トランス調の曲に乗せられて歌われている歌詞はこれだ。いやもう歌詞からしてかわいいかよ。なんすかラブリーポップって、俺の人生からあまりにもかけ離れすぎていてこれまでの人生で一度も発声したことのない語彙だわ。俺はこうして人知れず「住所不定無職」から「誰も見たことのない住所不定無職のオッサン」へとクラスチェンジを遂げている真っ最中なのに「今どきガールのお約束」や「女子力アップ」といったワードにいく共感し、あまつさえ乙女心をキュンとつかまれてしまっている。息が苦しい。

 だが、ミカヅキモモコの恐怖はこんなものでは終わらない。Bメロだ。Bメロは凄まじい。

ハッピーラッキー エブリディ

キラキラアイテム 300円

キューティースウィーティー エブリディ

魔法にかかるよ 300円

 円って!!!!!!!!

 300円って言ったぞこいつ!!!!??!!?!!111!!

 マイナーコードに転調し、しっとりとした曲調に移り変わるBメロで唐突に挿入される「円」という単位。ここまでの歌詞の世界観から考えたらテディベアとユニコーンがクッキーとお花を物々交換していてもおかしくないのだが、キラキラしたパステルカラーの幻想に突入していた精神はここで急に現実に揺り戻されることとなる。同じく高い中毒性を持った「バ~ニラ、バニラバ~ニラ求人♪」でさえ一貫したコンポジションの上で成り立っているというのに、ミカヅキモモコはそうした暗黙のラインをぶち抜いてくる。あるいはこれはある種のデカダンス的芸術表現なのかもしれない。テディベアとユニコーンもしょせん資本主義に染まり切った現代社会に産み落とされた悲しき獣なのだ。パパはたぶんアダム=スミス。

この世界観に突如として持ち込まれる貨幣の概念

この世界観に突如として持ち込まれる貨幣の概念

  しかしこの振れ幅がまた一種のスパイスとなって脳はさらなるステージへいざなわれる。どうやら我々は魔法にかけられてしまったみたいだ、ミカヅキモモコの魔法に。かと思えば曲は冒頭のリフレイン(サビ)に突入し、2番が始まる。この頃にはすでにこのウィスパーボイスで歌い上げられる「300円~♪」が恋しくなっているはずだ。あのコペルニクス的転回を、潜在無意識を掻き乱されるようなカタルシスを、もう一度……!

 こうなってしまってはもうダメだ。たとえ大森靖子syrup16gを聞いて自我の境界を再認識しようと試みても、ミカヅキモモコは絶対にお前を逃がしはしない。お前が誰も見たことのないオッサンになるまで、決して。

 でもこの問題は「誰も見たことのないオッサン」がこの世界のマジョリティになれば解決するのでみんなミカヅキモモコのBGMを聴いて中毒になればいいと思う。

ライターという職業は幻想を抱かれがちだと思う

 何かこう、世の中には勝手なイメージで勘違いされがちなことがあると思う。たとえば目黒駅は品川区にあって、品川駅は港区にある。まぁこれは明治ごろの地名をもとに付いた駅名を平成も終わろうという現代まで誰も正そうとしなかったことが悪いらしいけど、誰もわざわざ調べたりしないから本当のことを知っているのはごく少数だし完全にトリビア扱い。ちなみにこのことを三重出身の友達(葛飾区在住)に話したら「全部東京やんけ」って言われた。奴は埼玉や千葉のことも東京と呼んでいたから関西人には一都六県という概念すらないと見える(勝手なイメージ)。

 ともかく。なんとなくのイメージだったり上辺だけを見てよく調べもしないせいでその本質を見誤るということは往々にしてある。実際僕もつい数か月前に人生で初めて愛知県に足を運んだのだが、それまで愛知県民は「エビフリャ~だみゃ~(※エビフライだよ~、の意)」と言うものだと思っていたから人のことをとやかくは言えない。本物の愛知県民は「エビフリャ~だみゃ~」とは言わなかった。タクシーはウインカーを出さずに左折していたけど(しかもまあまあな速度で進入してきたから轢かれかけた)。

アフガニスタンかよ(これもまた勝手なイメージ)

アフガニスタンかよ(これもまた勝手なイメージ)

 ライターという職業もまた幻想を抱かれがちな仕事のように思う。僕もS学館時代から数えればおよそ6年ほど編集やライティング稼業で飯を食ってきたしフリーランスで働いていた時期もあったが、このことを人に話すと「ライターって自由そうでいいな~」といった感想を述べられることがある。クライアントがいて締め切りがあって納品物は名前入りでクライアントの顧客の目に触れるんだから自由なわけねえだろと言い返したいところだが、まぁ僕も自分がやってきた稼業以外の仕事のことはよく知らないからどんな職業でもこの手のことはあるあるなんだろうなと思う。

俺も好きなことで生きていきてえ(※コンテンツを消費するだけで生きていきてえ)

俺も好きなことで生きていきてえ(※コンテンツを消費するだけで生きていきてえ)

 本当の意味で自由なのはこのブログだけど、SEO対策もしていなければアナリティクスも大して見ていないしコンテンツは見ての通りただ気が向いたものを書き殴っているだけ。書くだけ書いてほとんど読み返さないからクオリティコントロールはおろか内容チェックもろくにしておらず敬体と常体が入り乱れていることも多々あるし(面倒なので今後も特に直す気はない)、ここに書いているようなものを納品したら概ね二度と仕事は来ないと思う。というか編集部がまともに機能しているところならそもそも原稿を差し戻される。

 あとは自由な時間に働いて好きな場所で仕事ができるとかね。これはまぁあながち間違っているとは言い切れないというか実際にそんな風に働いている人も多いし、そもそもライターって十把一絡げにしているけどいろんな人がいるから一概に言えないところはありつつ、なんだかんだ少なくともサラリーマンライターで100%リモートワークを認められてる人はそんなに多くないと思う。フリーでやってる人にしたって結局何かしら打ち合わせや取材などで特定の時間に特定の場所へ行く必要はあるし、何しろ締め切り前などは寝る暇もないことが多々あるからそこまでお気楽なものではないかなぁ、と。

なすびだって懸賞生活つらかったっていろんなところで言ってる。

なすびだって懸賞生活つらかったっていろんなところで言ってる。

 まぁライターのリアルな姿なんてものは僕がわざわざ書くまでもなく世の中にはその手のブログがたくさんあるんですけどね。上に述べた通り世の中にはいろんなライターがいるから僕がライターという職業を代表して物を言うのもおかしな話だし。けど少なくとも僕の周りの幸せそうなライターはライターになろうとしてライターになったんじゃなくて、できること・したいことをしていたらいつの間にかそうなっていたという人が多いから、もしライターにキラキラしたイメージを夢想してライターになりたいと思っている人がいるなら、まず「キラキラしたライターになりたい」というところからスタートしているのがちょっとだけ危険かもしれない。知らんけど。

 特に意識高い系の大学生とか、ライターって仕事にキラキラしたイメージ抱きがちだよね(これも勝手なイメージ)。いやまあ楽しい仕事だけどさ、忙しいときは飯食う暇もなかったり、他人の記事読んで凹むこととかザラにあるし最後は住所不定無職になる可能性もあるからね。帰る場所があって仕事をしている奴は浅い。

天が知る、地が知る、カロリーが知る。

 最近下腹部に見慣れない肉がついている気がする。いや、最近って言ったけど本当はここ数カ月くらい。その存在を認識するたびに気のせいだったと思い込むようにしているから見るたびに新鮮な気持ちになっちゃう。きっと次に見たらこの肉はどこかに消えてなくなっているだろう。そう信じていたけど、この見たことのないブヨブヨした肉は「え? 最初からここが俺の定位置でしたけど?」みたいな顔をして僕の体にくっついている。誰だ、お前は。

ざんねん……だ……。おれ……下腹部……失敗…………。

ざんねん……だ……。おれ……下腹部……失敗…………。

 寄生されたのが右手だったらミギーだったけど下腹部だからデブーだね♪ って全然うまくないしやかましいわ。僕はこれまでの人生でこの手の"ブツ"に寄生されたことは一度としてなかった。いわゆる太りやすい体質の人間は三親等の中に一人もいなかったのでおそらくそういう家系なのだろう。小学生のころは痩せ型どころか虐待を心配されるほどガリガリだった。しかし断じて食べる量が少なかったわけではなく、むしろ同年代の中でも食べる量は多かったと思う。中学生になって食べ盛りに差し掛かってからは毎食2合近くの米を食うようになり、家には僕一人が使うための炊飯器が常設されるようになった。高校生になってからは昼飯と部活前の間食用にドカ弁を2つ持参しつつ、ちょっとしょっぱい水くらいのつもりで学食のたぬきうどんを嗜んでいた。それでもなお平均よりも遥かに痩せていたので、よもや自分が太ることになるだなんて微塵も疑わなかった当時の僕に罪はあるまい。

当時のおやつのイラストです。

当時のおやつのイラストです。

 もちろん四半世紀を生きた現在では当時の無尽蔵と言えるの食欲はないが、代わりに「酒」という名の罪を常飲するようになり、つい最近まで「プリン体に殺されるなら本望」とさえ思っていた。たしかに昨年の健康診断では尿酸値と体内脂肪がアレしてたけどそんなのお構いなしに持って生まれた体質に全幅の信頼を置いていた。今になってみれば去年の自分が忌々しい。ツケを払うのはいつだって未来の自分なんだ。クレジットカードと同じ。「クレカはお金を使ってる感覚がないから実質タダ」じゃないんだよそっち方面のカロリーゼロ理論はマジで身を滅ぼすからやめとけ。ましてや今のお前は住所不定無職ぞ。

 「肉体は25歳を過ぎると衰えだす」という言葉がある。初めて聞いたのは18歳ごろだったか。当時ははいはいワロスワロスと思っていた。18歳。そりゃもう肉体は絶頂期で、たまに遅刻しそうになって家から駅までダッシュしても翌日筋肉痛が来るようなことはなかった。というか翌日筋肉痛って何? エコーコストか何か? もしかして俺アバランチライダー(なだれ乗り)なの? でも昼食のラーメンは未だにやめられないからデブランチライダーだね♪ って全然うまくないしやかましいわ。もしかしてこれが老いというやつなのか……? 心はJKなんだけど肉体はとうに曲がり角を曲がっているらしい。

デブランチライダー(エコー持ち)

デブランチライダー(エコー持ち)

 もしもこれを読んでいる18~24歳くらいのプリン体と脂質をナメきっているクソガキがいるなら、これだけは聞いてほしい。月並みな言葉ではあるが後悔先に立たずであると。若さにかまけて適当に生きているとどこかで必ずツケを払うことになるのだ。マジックと同じで細かなプレイングの積み重ねが将来の自分に大きく影響してくる。まぁ僕が積み重ねてきたのはプレイングじゃなくてイカリングだけどね♪ って全然うまくないしやかましいわ。

 ここまで書き終えてふと下腹部に目をやると、相変わらずブヨブヨした肉は「え? 最初からここが俺の定位置でしたけど?」みたいな顔をして僕の体にくっついている。誰だ、お前は。

新セット塩ニキに垣間見るオタクたちの品格

 みなさんこんにちは、ドブフクロウこと大久保です。僕は過去に目白・雑司ヶ谷周辺のエリアに住んでいたことがあるのですが、あのあたりは池袋からほど近いわりに鬼子母神をはじめとした古い寺社や建物も多く、都市部ながらも小さな林や自然の姿もありました。僕は「都市部に徒歩でアクセスできる比較的落ち着いた土地」という概念が好きなので周辺環境はそこそこ気に入っていたのですが、しかし雨の日などはクソデカい野生のヒキガエルが道路に出てきたりして踏みつけそうになるなど何度か肝を冷やした記憶があります。ここ東京やぞ。

晴れた日には滅多に見かけないのにお前らは一体どこに住んでるんだ

晴れた日には滅多に見かけないのにお前らは一体どこに住んでるんだ

 さて。話変わって現在『マジック:ザ・ギャザリング』の新セット『ラヴニカの献身』の情報が徐々に明らかになっています。詳しくない方にご説明すると、マジックは3カ月に一度新しいエキスパンション(拡張セット)が発売されるのですが、そうした新セットの発売日から1カ月前くらいから徐々に収録カードが公開されていくんですね。そして情報が徐々に明らかになっていくにつれてまるで雨の日のヒキガエルのごとくピョコピョコ、ゲコゲコと元気に人間の住む世界に進出してくるオタクがいます。それが「新セット塩ニキ」と呼ばれる存在です。

 新セット塩ニキたちはマジック:ザ・ギャザリングについて詳しすぎるので、まだ世に出ていないカードセットのことも評価できます(すごい!)。たしかにこの世には強いセットや弱いセットというのはあるのですが、塩セットと散々叩かれた『闇の隆盛』でさえ5種のタイタンや《マナ漏出》を擁す『基本セット2012』と異様にカードパワーが高かった『ミラディンの傷跡』ブロックがスタンダード落ちしてからは環境トップメタだった白青デルバーも衰退し、それによって抑えつけられていたカードたちも再評価されることに。《ファルケンラスの貴種》はじめいぶし銀な名カードが多かったこともあり、歴史上最悪の塩セットと悪名名高い『プロフェシー』の再来とまで言われた『闇の隆盛』も徐々に評価を回復していきました。そのときその瞬間弱いと感じたとしても、誰にも半年以上先の未来に何が起こるかまでは分からないから理で考えると新カードや新セットは強いと言い得なんですけどね。ちなみに新セット塩ニキたちは自らが塩と呼んだセットが実はめちゃくちゃ強かった場合エクストリーム手のひら返しを見せてくれます。鳴門の渦潮、塩ニキの手のひら返し。

塩はしょっぱい傾向にあるんじゃ(天才博士)

塩はしょっぱい傾向にあるんじゃ(天才博士)

 僕はこうしたオタクのことが本当に心の底から大好きなのですが、しかし最近カードゲームのオタクの世界では日に日にコミュニティの自浄作用も強まってきており、一部では新セット塩ニキのことを晒し上げて「こんなこと言ってるけどお前も数週間もしたらすぐ手のひら返すんだろ」みたいに揶揄する風潮も見られます。そうした世間からの向かい風もあって新セット塩ニキたちは徐々にその個体数を減らしており、普段どこに住んでいるのかは知らないけど雨の日には元気にピョコピョコ跳ね回っているような実際のヒキガエルとは異なってレッドデータアニマル入りも懸念されているそうな。こうした問題は新セット塩ニキに限らず、Twitterではしょちゅう「マジックを初心者に広めるためにマジックプレイヤーは風呂に入れ」「女性プレイヤーを増やすために僕たちにできる10のこと」などと誰に頼まれるでもないのにマジギャザのオタクがマジギャザのオタクを狩る地獄絵図が繰り広げられています。

 そうしたアクティビティを目にするたびに僕は身勝手な人間が自然本来の姿に手を加え野生動物の住む場所を奪っていく地球全体の問題を重ねてしまうんですよね。僕らの住む世界は僕らの心がけ一つでもっとよくできるのに。多様性を受け入れる社会。誰もが世界に一つだけの花

現代ではクジラを食う是非みたいなことも論じられているけど、静岡ではイルカ肉が食えるらしい。イルカを食べる多様性。俺たちは草と動物の死体を食べて生きている。

現代ではクジラを食う是非みたいなことも論じられているけど、静岡ではイルカ肉が食えるらしい。イルカを食べる多様性。俺たちは草と動物の死体を食べて生きている。

 そもそもオタクによるオタク狩りはマジックの話に限らないのかもしれません。それこそ昭和の晩年には宮崎勤元死刑囚が強烈なミーム汚染を残しましたが、岡田斗司夫氏あたりが先駆けとなってポジティブな概念として「オタク」を取り扱い、「オタク」の語は社会からあぶれた"特徴的な人たち"を受け入れる器として機能するようになっていました。しかしそんなマイノリティだった「オタク」も今は昔。2000年代前半には『電車男』がドラマ化したり中川"しょこたん"翔子女史といったニューカマーがパラダイムシフトを起こし、いつしかキャズムが取り払われて1億総オタク時代。というか「オタク」の一語が意味するレンジが個々人の解釈次第で無限に拡大されるようになったので今ではオタクか、非オタクかといった話はまったく意味を成さないものになってきました。世の中は三日見ぬ間の桜かな。

 しかしそんな時代だからこそ、生来のオタクには今一度我々がマイノリティであった頃のDNAを覚醒させてほしい。飲み屋でリトバスCLANNADの話をするとき、あるいはFateのオリジナルサーヴァントの設定を2ちゃんねるに書いていたとき「我々はエロゲをもっと世に広く普及するべくもっと社会に歩み寄った方がいいのでは? 具体的には風呂に入った方がいいのでは?」といった話をしたでしょうか? いや、していないだろう(反語)。たしかに今、オタクは社会の中で無視できない一員にまで昇り詰めてきたし、ノブレス・オブリージュとまでは言わないまでも社会の構造を維持するためにはオタクにだってある種のお行儀のよさが求められるのは事実かもしれない。けどそもそもオタクたちにとってのインターネットはハレではなくケだったはずで、そこにハレを持ち込みすぎてはいけない。オタクとして生まれたからには牙を失っちゃいけないし、他人の牙を抜いてもいけない。思い出せ、合い言葉は「VIPとふたば、そして荒らし」。

ネスはPKサンダーもPKファイアも使わねえだろうが(ブチギレ)

ネスはPKサンダーもPKファイアも使わねえだろうが(ブチギレ)

 話が大きくなりましたが、僕が言いたかったことを要約すると「新セット塩ニキが手のひらを返す瞬間を酒の肴として珍重している地域もあるからもっと泳がせてほしい」ということです。ちなみに僕は『ラヴニカの献身』のこと(一部カードを除いて)ちょっと塩寄りだと思ってますよ。ピョコピョコ、ゲコゲコ。